宗像地域の文化財
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大島の歴史<近・現代>漁とともに生きる島 |
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| 説明 |
沖ノ島の漁 大島の漁師は、沖ノ島の港整備が始まる昭和30年頃まで、長いときで半年間ほど小屋に住み込み(いっこみ)で漁を行っていました。 沖ノ島での漁の仲間を「沖ノ島仲間」と呼び、捕れた魚は、島の冷蔵庫に一時保管し、本土から来る台船に魚を積んで市場に出荷していました。台船には本土からの手紙や食料などが持ち込まれ、漁師の生活の支えとなっていました。 沖ノ島の神様に守られ漁をしてきた大島の漁師は、沖ノ島への信仰心が篤く、畏敬の念と親しみを込めて、「沖ノ島 様」「不言様」と呼びます。
大島の漁村 大島の漁村は、北からの季節風を避けるように島の南側の海岸沿いに形成されています。土地が狭いため、漁師の屋敷は、石垣を築いて、主屋と漁具を収める網蔵を構えています。浜には「アゲ」と呼ばれる竹製の網干し場を作り、船舶の係留や物干し場などにも利用していました。昭和30年代以降、徐々に網がナイロン製に替わって網を干す必要がなくなり、大島の海辺の風景であったアゲが姿を消していきました。 |
| 法量・規模・面積 |
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| 所蔵 |
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| 参考文献 |
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| 図録ページ |
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