宗像地域の文化財
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大島の歴史<中世> |
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| 出土遺物 |
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| 説明 |
武人を受け入れた島 安昌院 岩手県平泉でおきた前九年の合戦 (1052~1062)に敗れ大島に渡された安倍宗任の旧邸宅で、弘長4年(1264) 安倍宗任の子孫である危妙によって創建されたと伝えられています。 天正18年(1590)の火災で焼失するまでは真言宗でしたが、江戸時代、田島にある曹洞宗の医王院に属しました。現在、木造薬師如来像を御本尊とする島内唯一のお寺です。
大島城 永禄2年(1559)、豊後大友氏の援助を受けた宗像頭氏に攻められた大宮司氏貞は、いったん大島へと逃げ込み、大島城に入りました。翌年には、大友勢から許受城(宗像市と福津市の境にある山城)を奪隠し、本土へ帰ることができました。氏貞にとって海を隔てた大島は最後の砦でした。大島城は力クレ山城址と記され絵図に描かれており、現在も地元では「城山」と呼ばれています。 |
| 法量・規模・面積 |
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| 参考文献 |
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| 図録ページ |
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